
2025年08月25日
当機構代表理事関昭典がネパールの全国紙(DCnepal)の依頼を受け、これまでのネパールでの取り組みの趣旨を記しました。この度、その文章が掲載されたことをご報告いたします。当記事において、関は、異文化の人々と日常を共有しながら学び合う経験が、共感力や自己省察を育み、持続可能な社会を築く基盤になると述べ、その重要性を、ネパールとの多文化共修の実践の観点から詳しく説明しています。記事は以下のリンクからご覧いただけます。
なお、英語記事ですので、以下に日本語訳を掲載いたします。
文化を越え、架け橋を築く―― ネパールにおける協働的学びをめぐる日本人教育者の省察
2008年、日本社会が「グローバル人材育成」という言葉に大きな関心を寄せていた時期、その概念理解は著しく限定的であった。多くの場合、「英語運用能力の獲得」がグローバルであることの核心であるかのように受け止められていた。しかし、私はこの理解に対して強い違和感を抱いていた。
少子高齢化が急速に進行する日本社会の構造を見据えると、日本は近い将来、南アジアおよび東南アジア諸国の人々、とりわけネパールやベトナムの人々と、労働者として、また地域社会の一員として共に生きる社会へと移行していくことが予見された。文化的・対人的な親和性を踏まえれば、その方向性は必然的である。したがって、日本社会に求められるのは、国際的に活躍する専門職人材ではなく、異なる文化的背景を持つ他者と共に生活し、共に学び合うことのできる人間であるという結論に至った。
時代の変化を待つだけでは、教育は変わらない。この認識のもと、私は2008年よりネパールの学生との協働を開始した。同時に、グローバル人材に必要とされる能力を具体化するため、「グローバル人材育成 Can-do リスト」を作成した。これは、知識の伝達にとどまらず、現実社会における実践を志向した教育の指針である。
本リストは、人類共通の課題への気づきと包摂的思考の形成を出発点とし、グローバル課題に関する理解、多様な視点の尊重、対話および協働能力の育成へと段階的に進展する構造を持つ。最終段階では、共感と相互尊重に基づく真正な異文化的関与が重視される。この枠組みは、知識の蓄積ではなく、知恵、適応力、そして地球市民としての責任意識を育成する教育プログラムの基盤となった。
当初、「国際交流」として位置づけられていた活動は、次第にその概念的枠組みを超えるようになった。ネパールと日本の学生は、文化を相互に紹介する関係にとどまらず、互いから学び、互いと共に学ぶ関係へと深化していった。「交流」という語ではその学習の本質を十分に表現できなくなり、私はこの実践を「多文化共修(multicultural collaborative learning)」と呼ぶようになった。
ネパールは、民族、言語、宗教が重層的に共存する本質的に多文化的な社会である。私はその文化的多様性に強い関心を抱き、1年以上にわたり現地に滞在し、人々の日常生活に身を置きながら価値観や社会規範を観察した。この過程で、日本の学生自身もまた多様な文化的・社会的背景を有する存在であることを再認識するに至った。日本社会はしばしば均質と捉えられるが、個々の若者の内面には、家庭、地域、信仰、経験に根ざした多様な文化が存在している。この認識が、「国際交流」から「多文化学習」への概念的転換を促した。
実践を重ねる中で、私は多文化的出会いがもたらす学習過程を体系的に分析し、「異文化遭遇を通じて自己省察を活性化させる教育方法論」を構築した。この方法論は、異なる文化的背景を持つ他者との継続的かつ意味のある相互作用を通じて、学習者が自身の価値観、前提、アイデンティティを再考することを促すものである。謙虚さ、内省、協働を中核に据えた本プロセスは、共感力と批判的自己認識を育成し、世界を自らの課題として捉える視座を形成する。こうした実践と検証を通じ、本方法論は異文化教育の理論と実践の双方において一定の評価を得るに至っている。
これまでに、ネパール、ベトナム、バングラデシュにおいて40回以上の多文化共修プログラムを実施してきた。そのうち25回はネパールでの実施である。各プログラムは11日から14日間に及び、知識伝達の場ではなく、学習者の意識と行動が変容する場として機能してきた。現場に根ざした実践の積み重ねは、共感、相互理解、そしてグローバルな責任意識の醸成に寄与している。
本取り組みにおいては、SDGs、特に目標17に掲げられる「パートナーシップ」の重要性を一貫して重視してきた。貧困や不平等は特定の国に限定された問題ではなく、日本においても相対的貧困や教育分野における文化的多様性への対応という課題が顕在化している。経済的側面では先進国とされる日本であるが、文化的感受性の観点からは、ネパールから学ぶべき点は多い。
2015年のネパール大地震発生時には、学生と共に迅速な支援活動を行った。この取り組みは日本国内のメディアでも報道され、やがて「Mero Sathi Project」として、日ネパール間の友情と協働を象徴する多文化共修プロジェクトへと発展した。
ネパールの人々から学んだのは、他者の感情を静かに理解する姿勢、外部の人間を内側に包摂する知恵、そして曖昧さを受容する柔軟性である。これらは、現代日本社会がとりわけ必要としている能力でもある。
ネパールは、エベレストのみで語られる国ではない。そこには、国際社会が学ぶべき知恵と、人と人との関係性の温かさが存在している。
教育とは、現実社会の矛盾や複雑性に正面から向き合う営みであるべきである。それは単に個人の成功を支援するためではなく、感じ、行動し、責任を共有できる人間を育成するためのものである。
日本とネパールが、支援者と被支援者という関係ではなく、対等なパートナーとして未来を共に構想していくこと。その歩みを、私は今後も学生たち、そしてネパールの人々と共に継続していく所存である。